薄明の厨

安土桃山時代、天正十年。世は戦乱の嵐に呑まれ、人の命は露よりも脆く儚いものだった。織田の勢力が天下統一へと着実に歩を進める中、小さな城下町の一つに、ラバという名の女がいた。

ラバの住まいは、城の台所棟の一角、薄暗く煤けた厨であった。日の光は厚い雲と高い塀に遮られ、かまどの炎だけが唯一の光源となっていた。その炎は、大きな鉄鍋の底を舐め、中の液体をグツグツと煮立たせていた。

ラバは鉄の杓子で鍋の中をかき混ぜる。濁った液体の表面に、白いものが浮かび上がる。骨の髄まで煮込まれて白濁した、人間の指だ。ラバはその指を杓子ですくい上げ、唇に薄く笑みを浮かべた。

「これでよし」

ラバは、この城の料理番ではなかった。いや、料理番でもあるのだが、彼女の真の役割は、もっと別のところにあった。彼女は、城主の影、陰の仕事を取り仕切る、いわば「始末屋」だった。

城主、羽柴秀吉の弟分である柴田勝家に仕えるラバは、その冷酷さと抜け目のなさで名を馳せていた。戦で捕らえられた敵兵、謀反を企てた家臣、あるいは単に勝家の気に障った者――ラバは、そうした者たちを静かに、確実に消し去ってきた。

そして、その痕跡を消す手段の一つが、この煮えたぎる鍋だった。人間の肉は、骨と共に煮込めば、跡形もなく消える。ラバは、長年の経験からその最適な時間、火加減、そして材料を知り尽くしていた。

今宵の材料は、勝家に歯向かった家老の指だった。証拠隠滅は完璧だ。ラバは鍋の中身を別の桶に移し替え、冷めるのを待った。

夜が更け、城に静寂が訪れた頃、ラバは城の裏門からこっそりと抜け出した。桶を担ぎ、人気のない森の中へと消えていく。目的地は、人里離れた沼。そこに、全ての罪状と共に、煮溶けた肉と骨が沈められるのだ。

ラバは沼のほとりに立ち、桶の中身を黒い水の中に流し込んだ。白い骨片が、まるで夜の蝶のように水面を舞う。ラバはそれを見つめながら、また小さく微笑んだ。

明日になれば、また新しい日が昇る。そして、ラバは再び厨に立ち、鍋を火にかけるだろう。戦乱の世は、彼女の仕事が尽きることを許さない。ラバは、この暗黒の時代を生き抜く一つの影として、静かに、そして冷酷に、その役割を全うしていくのだ。

The Twilight Kitchen

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    • 小説のジャンル: 歴史小説
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