南大沢のおばさんとインダス文明の影

南大沢に住む70代のおばあさん、田島キヨミは、趣味で考古学の文献を読み漁るのが日課だった。特にインダス文明には強い関心を抱いており、ラーイープルで発掘された土器の写真集を愛読していた。昨夜、彼女は久しぶりに映画館へ行き、話題のホラー映画「影の囁き」を観た。主人公は、不可解な過去を持つ、影のような男だった。

その日の夜、いつものように土器の写真集を眺めていたキヨミは、ある土器の写真に写り込んだ影に目を奪われた。それは、薄暗くぼやけた影ながら、明らかに人型のシルエットだった。そして、そのシルエットが、昨夜観た映画の主人公と驚くほど酷似していたのだ。同じような帽子、同じようなコートの襟の形…まるで同一人物の影のように見えた。

キヨミは震える手で拡大鏡を取り出した。影は、土器の焼き付けられた模様の一部と重なり、詳細な輪郭は判別できない。それでも、その影の持つ不気味な雰囲気は、映画の主人公の放つオーラと完全に一致していた。

翌日、キヨミは図書館に駆け込んだ。「影の囁き」のパンフレットを手に入れ、主人公の俳優の写真を拡大コピーし、土器の写真と照らし合わせてみた。似ている。いや、酷似している。まるで、この土器に焼き付けられた影が、現代に蘇ったかのようだった。

彼女は、この事実を誰かに伝えなければと焦燥感に駆られた。しかし、誰も彼女の話を信じるだろうか？考古学の専門家に見せても、「偶然の一致だ」と片付けられるだろう。ましてや、映画の主人公との関連性など、一笑に付されるに違いない。

それでも、キヨミは諦めきれなかった。あの影は、ただの偶然ではない。何か、恐ろしい真実が隠されている。彼女は、自分だけが知っているこの恐ろしい事実を胸に、静かに南大沢のマンションで一人暮らしを続ける。

数日後、キヨミは新聞で「影の囁き」の主人公を演じた俳優が、突如失踪したというニュースを見つける。記事には、俳優が撮影中から精神的に不安定だったこと、撮影現場で不可解な出来事が頻発していたことが記されていた。

キヨミは、震える手で土器の写真集を開いた。あの影が、俳優の魂を呼び寄せ、過去と未来を繋いでいるのではないかと、彼女は恐怖に慄いた。そして、その影が、今度は彼女自身に迫ってくるのではないかと、気が気ではなかった。

南大沢の静かなマンションの一室で、キヨミは、インダス文明の土器に宿る、不可解な影との戦いを、一人、静かに始めるのだった。 その戦いの結末は、誰も知らない。 そして、それは永遠に、南大沢の謎として残るのだろうか。

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