黄河ダンベル ~五十路からの逆トライ~
第1章 錆びた心と鋼の肉体
奈良の、ちょっと寂れた住宅街。鳥のさえずりだけが響く静かな朝、古びた一軒家のガレージで、五十過ぎの男が黙々とダンベルを上げていた。名は、五十嵐健二。かつて高校ラグビーで名を馳せた男の面には、深い皺が刻まれている。
「うおっりゃあああ!」
鈍い咆哮と共に、両手に握られた10kgのダンベルが天を仰ぐ。盛り上がった上腕二頭筋、厚い胸板。歳月を経てもなお、鋼の肉体は健在だった。だが、その心の内は、まるで黄河の氾濫が過ぎ去った後のように荒涼としていた。
一ヶ月前、妻の裕子に去られたのだ。理由は「あなたとはもう一緒にいられない」。たった一言のメモを残して、彼女は忽然と姿を消した。25年間連れ添った妻の突然の離別。健二には何が起きたのか、さっぱり理解できなかった。
残されたのは、錆び付いた心と、空っぽの家、そして、かつてのラグビーで鍛えた鋼の肉体だけだった。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐き出しながら、健二はダンベルを床に置く。ガレージの壁には、黄河文明のポスターが貼ってあった。悠久の歴史の中で、幾度も氾濫を繰り返しながらも、滔々と流れ続ける大河。その強靭な生命力に、健二は自分を重ねていた。
「黄河のように…強くなりたい」
呟くように、健二はそう言った。妻の離別は、彼の人生に大きな氾濫をもたらした。だが、黄河のように、何度倒れても、何度押し流されても、また立ち上がり、流れ続けなければならない。
筋トレを始めたのは、そんな思いからだった。肉体を鍛えることで、心の傷を癒やし、もう一度、人生にトライしようと。
「50過ぎたって、まだやれる。俺は、まだやれるんだ!」
再びダンベルを握りしめ、健二は叫んだ。ガレージに響く鋼鉄の音は、彼の心の叫びのようだった。
その時、ガレージのシャッターがガラガラと音を立てて開いた。そこに立っていたのは、高校生の娘、彩だった。
「お父さん、朝から何やってるの?」
心配そうに彩が尋ねる。健二は苦笑いを浮かべながら、ダンベルを下ろした。
「ちょっと…体、鍛えてみようと思ってな」
「…お母さんのこと、まだ引きずってるの?」
彩の鋭い言葉に、健二は言葉を詰まらせた。娘の視線は、まるで彼の心の内を見透かすようだった。
「……ああ」
消え入りそうな声で、健二は認めた。
「黄河みたいに、強くなりたいんだ」
その言葉に、彩は小さく息を吸い込んだ。そして、にっこりと微笑んで、こう言った。
「じゃあ、私も一緒に筋トレする。お父さんのスクラムハーフ、やるよ!」
予想外の言葉に、健二は目を見開いた。かつて、健二がラグビーに打ち込んでいた頃、彩はよく「お父さんのスクラムハーフになる!」と言っていた。まさか、こんな形でその言葉が聞けるとは……。
錆び付いた健二の心に、一筋の光が差し込んだ。まるで、黄河の濁流に春の陽光が射し込むように。
「…いいのか?」
震える声で、健二は尋ねた。
「当たり前でしょ!お父さん、一緒に頑張ろう!」
彩の明るい声が、ガレージに響き渡った。
五十路からの逆トライ。健二の新たな挑戦が始まった。
- 生成に使用したデータ
- 小説のジャンル: ライトノベル
- GeminiModel: gemini-1.5-pro-latest