リード殺人事件
令和五年、秋。都内の閑静な住宅街で、奇妙な事件が発生した。人気インフルエンサー兼実業家、桜庭颯太(28)が、朝の散歩中に死亡したのだ。死因は頭部への強打による脳挫傷。第一発見者は恋人、白鳥ひまり(22)。通称“令和の犬系彼女”として、SNSで絶大な人気を誇る女性だ。
現場の状況は異様だった。颯太は公園の芝生にうつ伏せに倒れ、顔面は土で汚れていた。傍らには、ひまりの愛犬ポメラニアンの散歩用リードが落ちていた。リードの先端には、わずかに土が付着。
「ひまりさんがリードを放してしまい、颯太さんが転倒した事故でしょう」
当初、警察はそう判断した。ひまりのSNSでの発信を見る限り、彼女は明るく天真爛漫な性格。颯太との仲睦まじい様子も度々投稿されており、殺意を抱くとは考えにくかった。
しかし、担当刑事の鷹野鋭一郎は違和感を拭えなかった。ひまりの供述には、曖昧な点が多すぎたのだ。
「颯太くんが、『リードくわえて引っ張って♡』って言うから…それで、私がリードを放したら、急にダッシュして…気づいたら転んでたんです…」
泣きじゃくりながら語るひまり。だが、鷹野は彼女の瞳の奥に、微かな光を見逃さなかった。計算高い知性を感じさせる光。
鷹野は捜査を続けた。近所の防犯カメラの映像を解析した結果、事件当日、ひまりが颯太に「全力ダッシュ」を促した後、一瞬だが不自然な笑みを浮かべていることが判明した。さらに、颯太の靴の裏には、芝生ではなくアスファルトの粉塵が付着していた。
「散歩コースを外れて、どこかに立ち寄ったのか…」
鷹野は、颯太の足取りを辿る。そして、公園から少し離れた場所に、真新しいアスファルト舗装の駐車場を発見した。防犯カメラの死角になっているこの場所こそ、事件の真相を解く鍵だった。
鷹野は駐車場の管理人に聞き込みを行う。すると、事件当日の朝、颯太が一人で駐車場に立ち寄り、何者かと口論していたという証言を得た。口論相手の特徴を聞いた鷹野は、驚愕する。それは、ひまりのSNSのフォロワーで、颯太と仕事上のトラブルを抱えていた人物だった。
鷹野はひまりを再尋問する。そして、彼女がSNSのフォロワーと共謀し、颯太を駐車場に呼び出し、口論中に突き飛ばした事実を突き止めた。颯太は転倒し、頭部を強打。ひまりは共犯者と共に颯太を公園まで運び、事故に見せかけるため、リードを握ってダッシュする芝居を打ったのだ。
「リードをくわえて引っ張って♡」は、殺意を隠した悪魔の囁きだった。
「全て…私がやりました…」
観念したひまりは、罪を認めた。令和の犬系彼女の仮面の下に隠されていたのは、恐ろしいまでの計算高さだった。事件は、SNSの裏側に潜む闇を白日の下に晒す、衝撃的な結末を迎えた。
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- 小説のジャンル: 推理小説
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