忘れられた約束

第一章　迷子の夕日

夏のムンバイの空は、燃えるようなオレンジ色に染まっていた。汗ばんだ商店街の喧騒の中、おばあさん、アーニは、息を切らして駆け出した。忘れ物、大事な孫、アディティの絵が入ったカバン。

アディティは、おばあさんの宝。小学校で初めて描いたあの絵。雲の上に浮かぶ、小さな虹色の飛行機。アディティは、おばあさんに「今日、見せて！」と何度も言っていた。約束を破ってはいけない。焦りが、アーニの足を駆り立てた。

「カバン、カバン！」と叫びながら、アーニは通りを駆け抜けた。熱気を帯びた、息が白い。商店街の奥まった小さな店、キラキラと光る宝石のような店先に、カバンが置かれていた。

店番の店主、ヴィジャイは、アーニの叫び声に驚いた。けれど、彼はそのカバンを、まるで大切な宝物のように丁寧に拭き始めた。

汗が滴り落ち、心臓が鼓動を打つ。アーニは店先にたどり着き、ヴィジャイに目を向けると、その目に、何かが映っていた。温かさ。優しさ。そして、アーニは、まるで自分の心の奥底にあるものを、ヴィジャイの目から見えた気がした。

第二章　拭かれた記憶

カバンを受け取ったアーニは、恥ずかしそうに頭を下げた。「すみません。本当にありがとうございました。」

ヴィジャイは、静かに微笑んだ。「大丈夫ですよ、おばあちゃん。大切なお荷物でしょう？」

その一言が、アーニの心を揺さぶった。

カバンを開けると、アディティの絵が鮮やかに光っていた。あの小さな虹色の飛行機。アーニは、涙がこみ上げてきた。

カバンの中から、もう一枚の紙が飛び出した。アディティからの手紙。

「おばあちゃん、今日、私の絵を見せにきてね。飛行機、飛んでいるかな？」

手紙を読みながら、アーニは、この一日の出来事を、まるで映画のように思い出した。

ヴィジャイは、アーニの心の揺れを感じていた。彼女の焦り、孫への愛、そして、失ってしまった時間。彼は、アーニに何気ない言葉を掛けたのではなく、アーニの魂に語りかけていた。

第三章　約束の虹

アディティは、学校の帰り道、商店街で、小さな虹色の飛行機を描いていた。その飛行機は、おばあさんのカバンの中に、しっかりと宿っていた。

アーニは、アディティに約束を果たすことができた。

帰り道、アーニは、ヴィジャイの小さな店を通り過ぎた。その店には、いつもと変わらぬ、温かい光が灯っていた。アーニは、その光に、感謝と安堵を感じた。

その日の夕暮れ、ムンバイの空に虹が架かった。アーニは、その虹を見ながら、孫と約束を交わした。それは、明日、また、明日も、続く約束だった。

エピローグ

アーニは、時々、ヴィジャイの店を訪れていた。小さな会話、温かいコーヒー。それは、ただ、二人の心の繋がりだった。アーニとヴィジャイは、人生の小さな出来事の中で、かけがえのない出会いを果たしたのだった。

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