猫と太陽と、あなたと (恋愛小説)

猫と太陽と、あなたと

徳川家康――その名は天下人。日ノ本を治めるその重責は、想像を絶する。日々の政務、家臣との駆け引き、絶え間ない緊張感。だが、そんな彼にも、心を解き放つひとときがあった。それは、愛猫「お玉」を愛でる時間。

お玉は、白と茶色のまだら模様の雌猫。拾われた子猫の時から、家康の側に寄り添ってきた。大きな碧眼で家康を見つめるその姿は、まるで彼の心を映す鏡のようだった。

家康は、日差しが差し込む縁側でお玉を抱き上げていた。柔らかな毛並みをそっと撫で、温かい体温を感じれば、日々の煩わしさも雲散霧消する。お玉の喉をゴロゴロと鳴らす音が、家康の心を優しく満たしていく。

「お玉…お前の温もりは、太陽のようだな…」

そんな穏やかな午後に、彼女は現れた。名は「お鈴」。大奥に仕える侍女で、家康の身の回りの世話をすることになったばかりだった。お鈴は、縁側で猫と戯れる家康の姿に、思わず息を呑んだ。天下人としての威厳ではなく、一人の男としての優しさ、温かさを感じたのだ。

「家康様…」

お鈴の声に、家康はゆっくりと顔を上げた。その眼差しは、お玉に向けるものとはどこか違っていた。鋭く、それでいて、どこか戸惑っているようにも見えた。

「…何用だ？」

「お茶をお持ちしました」

お鈴は静かに茶を差し出した。家康は、お玉を膝に置いたまま、茶を口にした。

「…美味いな」

簡潔な言葉だったが、お鈴は頬を染めた。家康の視線が、自分に向けられているのを感じたからだ。

それからというもの、お鈴は家康の傍にいる時間が増えた。政務の合間に差し入れるお茶、疲れた体に添える温かい手拭い。そして、お玉と共に過ごす穏やかな時間。

家康は、お鈴の献身的な姿に、次第に心惹かれていった。お玉を撫でるように、優しい眼差しでお鈴を見つめるようになった。お鈴もまた、家康の温かさに触れ、秘めた恋心を募らせていった。

ある日、家康は縁側でお玉を抱きながら、お鈴に語りかけた。

「お鈴…お前は、まるで春の風のように、私の心を和ませてくれる」

お鈴は、驚きと喜びで言葉を失った。家康の言葉は、告白のように響いた。

「家康様…」

お鈴は、震える声で家康の名を呼んだ。家康は、ゆっくりとお玉を床に下ろし、お鈴に近づいた。そして、彼女の手に自分の手を重ねた。

「お玉の温もりと、お前の優しさ…それが私の心を支えてくれる。…この想い、受け取ってくれるか？」

お鈴の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「はい…家康様」

夕日が縁側を赤く染める中、二人の手は固く結ばれた。猫と太陽と、そして二人の愛。それは、天下人にも等しく訪れる、ささやかな幸せだった。