信濃川の朱鷺と、君の歌声

信濃川の清流は、エメラルドグリーンの帯のように、トロッコの窓から無限に広がっていた。陽光にきらめく水面を眺めながら、僕は隣に座る莉子の横顔に視線を落とした。彼女は、いつも通りヘッドホンから零れてくる音楽に身を委ね、静かに目を閉じていた。

今日で高校生活最後の日。クラスメイト数人と、卒業旅行でこの信濃川沿いのトロッコに乗っている。田園風景は、風に揺れる稲穂と、時折舞い上がる朱鷺の優雅な姿で彩られていた。遠くには、雪を冠した妙高山の威容が、静かに佇んでいた。

莉子が好きだというデュア・リパの曲が、かすかに聞こえてくる。ヘッドホンから漏れ聞こえる、どこか切ないメロディーは、僕の胸に静かに響いた。莉子は、僕にとって高校生活の全てだった。いつも隣にいて、笑ってくれる存在。でも、卒業後は東京の大学に進学する彼女は、僕とは違う道を歩む。

「ねえ、莉子」

僕は、ためらいながら口を開いた。

「あのさ…東京で、寂しくなったら…連絡してくれよ」

莉子はゆっくりと目を覚まし、僕の方を見た。彼女の瞳は、いつもと同じように澄みきっていた。

「…うん。もちろん」

短い返事だったけれど、彼女の優しい微笑みは、僕の不安を少し和らげてくれた。

トロッコはゆっくりと進み、景色は刻々と変化していく。夕焼けに染まる空の下、妙高山はさらに美しく、神々しく見えた。その光景は、まるで莉子と僕の未来を映し出しているようだった。

「ねえ、あの山…妙高山って言うんだって」

莉子は、窓の外を見ながら呟いた。

「いつか、一緒に登りたいな」

その言葉に、僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。東京と新潟、距離は遠くても、僕たちの気持ちは繋がっている。

トロッコは終点に近づき、旅の終わりが迫る。でも、これは終わりの始まりではない。新たな旅の始まりだ。莉子の歌声、信濃川の清流、朱鷺の舞い、そして妙高山の静寂。それらは、僕たちの青春の記憶として、いつまでも胸の中に刻まれるだろう。

卒業式の日、莉子と約束した。夏休みには、必ず妙高山に登ろうと。信濃川の清流を眺めながら、朱鷺の舞う田園風景の中、僕たちはそれぞれの未来へと、ゆっくりと、しかし力強く歩き出すのだった。そして、デュア・リパの歌声は、僕たちの未来を彩る、静かな希望の歌として、風に乗って遠くまで運ばれていく。

信濃川の朱鷺と、君の歌声#