パンデモニウムのシャトルランと鳩の啓示 (ファンタジー)

パンデモニウムのシャトルランと鳩の啓示

灼熱のベロオリゾンテ。アスファルトはまるで溶けた鉛のように熱気を帯び、空には業火のごとき太陽が燃え盛っていた。二日酔いのサラリーマン、アルベルトは、上司であるバルバトスの冷酷な笑みを背に、息も絶え絶えにシャトルランを強いられていた。

彼の仕事は、地獄の門番代理として、悪魔軍団の訓練をサポートすること。今日のメニューは、灼熱のアスファルトの上を延々と走る、罰ゲームとしか言いようのないシャトルランだった。

コーンまでの距離は、アルベルトにとって、はるか彼方の永遠のように思えた。彼の体からは、汗と二日酔いの吐き気と恐怖が混ざり合った異臭が立ち上る。足は鉛のように重く、視界は歪み、現実と幻覚の境目が曖昧になっていった。

「もう…限界だ…パンデモニウムだ…」

アルベルトは呟いた。その声は、砂漠で枯れ果てた木の葉が風になびくような、かすかな音だった。彼はよろめき、転倒寸前まで追い込まれる。しかし、並外れた執念と、二日酔いによる朦朧とした意識のおかげか、奇跡的に次のコーンにたどり着いた。

その時だった。

空から、何かが降ってきた。それは、鳩の糞だった。

アルベルトの頭に、どろりと温かいものが命中した。一瞬、激しい怒りが込み上げた。しかし、その直後、彼の意識は、まるで静寂の深淵に引きずり込まれるように、静まり返った。

鳩の糞の温もり、アスファルトの熱さ、バルバトスの嘲笑、そして、それら全てを包み込むような、不思議な静寂。

その瞬間、アルベルトは悟った。

彼は、この地獄のようなシャトルランこそが、自身の魂を鍛錬する試練であることに気づいたのだ。　バルバトスの冷酷な笑みは、試練を乗り越えるための、導きであり、励ましであったのだ。そして、鳩の糞は、天からの啓示、すなわち「すべては、すでに完璧である」という、悟りの象徴だった。

アルベルトは、立ち上がった。二日酔いは消え、体は軽くなっていた。もはや、彼は、ただのサラリーマンではない。彼は、地獄の門番代理として、そして、悟りを開いた戦士として、新たな一歩を踏み出したのだ。

彼は、バルバトスの方を向き、静かに言った。

「次の試練、お待ちしております。」

バルバトスは、アルベルトの目をみて、初めて真摯な表情を見せた。そして、かすかに微笑んだ。彼は、アルベルトの成長を、密かに喜びを感じていたのだ。地獄の門番代理の昇進試験は、まだ始まったばかりだった。そして、それは、アルベルトの魂を、さらに深く磨いていくであろう。