ペルミの氷壁、花子の独り立ち
ペルミの凍てつく大地に、南大沢のおばさん、花子が片足立ちで降り立った。
いや、正確には「降り立った」というより「射出された」と言う方が適切だろう。花子の足元に広がるのは、見渡す限りの氷原。風速計は狂ったように唸り、体感温度は軽くマイナス50度を下回っている。周囲に広がる巨大な氷壁は、まるで神話に登場する巨人の墓標のようだった。
花子は、普段着のモンベルのダウンジャケットの上から、明らかにオーバースペックな未来的なプロテクターを身につけていた。それは、彼女が勤務する南大沢市立老人介護施設の倉庫から、半ば強引に持ち出した代物だった。
「なんだいこりゃ!聞いてないよ!」
花子の叫びは、吹き荒れる極北の風にかき消された。彼女が降り立った場所は、23世紀に建造された極秘研究施設「クリオニア・プロジェクト」の跡地だった。かつて、不老不死の研究が行われていたという噂の場所だ。
花子は、認知症の初期症状に苦しむ利用者の一人、タケシじいさんを追って、この場所にやってきた。タケシじいさんは、数日前から「ペルミの氷壁が呼んでいる」と意味不明なことを呟き、昨日、施設から姿を消したのだ。
「タケシじいさん!どこですかー!」
花子は、プロテクターに内蔵された通信機に向かって叫んだ。しかし、返ってくるのは砂嵐のようなノイズだけだった。
彼女の視界に、奇妙な光が飛び込んできた。氷壁の一部が、まるで呼吸をするように明滅している。花子は、おそるおそる光の方向に近づいた。
光の発信源は、氷壁に穿たれた巨大な穴だった。それは、明らかに自然にできたものではなく、何らかの機械によって掘られた痕跡を残していた。
花子は、覚悟を決めて穴の中に足を踏み入れた。
中は、外の極寒とは打って変わって、暖房が効いたように暖かい。壁は、複雑な配線と謎の文字で埋め尽くされ、まるで巨大なコンピュータの内部に迷い込んだようだった。
奥に進むにつれて、花子はいくつかの部屋を発見した。そこには、液体窒素に満たされた巨大なカプセルや、見たこともない医療機器が並んでいた。そして、最も奥の部屋で、花子はついにタケシじいさんを発見した。
タケシじいさんは、部屋の中央に設置された巨大な装置に繋がれ、まるで冬眠しているかのように眠っていた。その顔は、なぜか若々しく、まるで時が止まったかのようだった。
「タケシじいさん!しっかりしてください!」
花子が駆け寄ると、タケシじいさんはゆっくりと目を開けた。
「ああ、花子さん。やっと会えましたね。」
タケシじいさんの声は、以前よりもはるかに明瞭だった。
「ここは、クリオニア・プロジェクトの心臓部。かつて、私はこのプロジェクトの主要メンバーだったのです。」
タケシじいさんは、過去の記憶を取り戻したかのように、落ち着いた口調で語り始めた。
「我々は、人間の意識を冷凍保存し、未来の科学技術で蘇生させる研究をしていた。しかし、研究は倫理的な問題に直面し、凍結されたのです。そして、私は…私は、その被験者の一人だった。」
花子は、タケシじいさんの言葉を理解しようと必死だった。しかし、あまりにも非現実的な話に、頭が混乱するばかりだった。
「タケシじいさん、一体どういうことですか?それに、あなた、なぜこんなに若返っているんですか?」
タケシじいさんは、静かに微笑んだ。
「それは、この装置のおかげです。クリオニア・プロジェクトは、単に意識を保存するだけでなく、肉体を再生する技術も開発していた。私は、その最初の成功例なのです。」
タケシじいさんの言葉に、花子は衝撃を受けた。
「つまり、あなたは…不老不死になったということですか?」
タケシじいさんは、ゆっくりと頷いた。
「しかし、それは、私にとっての祝福ではありません。長すぎる人生は、私を孤独と絶望に突き落とした。そして、私は、このプロジェクトを永遠に封印するために、ここに戻ってきたのです。」
タケシじいさんは、装置に繋がれたまま、力なく笑った。
「花子さん、あなたに頼みがあります。この施設を破壊してください。そして、私の存在を、歴史から抹消してください。」
花子は、タケシじいさんの言葉に、深く心を揺さぶられた。彼女は、自分が想像もしていなかった壮大なドラマに巻き込まれていることを理解した。
「わかりました、タケシじいさん。あなたの願い、私が必ず叶えます。」
花子は、プロテクターに内蔵された爆弾起動装置を取り出した。それは、老人介護施設で誤って起動してしまったことのある、非常に危険な代物だった。
花子は、震える手で起動ボタンを押した。
「さようなら、タケシじいさん。そして…さようなら、不老不死。」
施設全体を揺るがすほどの爆発音とともに、クリオニア・プロジェクトは、永遠に氷の中に消え去った。
花子は、吹き飛ばされながらも、なんとか氷壁から脱出した。彼女の足元には、瓦礫と化した研究施設の残骸が広がっていた。
花子は、息を切らしながら、南沢の方向に歩き始めた。彼女の胸には、タケシじいさんの最後の言葉が深く刻まれていた。
そして、いつものように、南沢の商店街で買った特売の卵を使って、タケシじいさんの好きだった卵焼きを作ろうと決意したのだった。
ペルミの氷壁に、南沢のおばさんの足跡が、かすかに残されていた。

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- 小説のジャンル: SF小説
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