瀬戸内夕焼けメロディ
プロローグ：消えゆく茜色と禁断の旋律
瀬戸内の夕焼けは、まるで溶けた金と血を混ぜ合わせた絵の具を空にぶちまけたかのようだった。島々がシルエットになり、海面は炎のように赤く染まっている。そんな美しい光景を前に、ジョン・キューザックは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「クソッ…、綺麗すぎる…」
夕焼けが、あのメロディを思い出させようとする。脳の奥底に封じ込めたはずの、甘美で、残酷で、そして狂おしいほどに美しい旋律を。
ジョン・キューザック――表向きは、瀬戸内海の小さな島で古民家を改装して暮らす気難しい外国人だ。しかし、その正体は、世界を股にかける音楽プロデューサーであり、天才作曲家でもあった。
数年前、彼はあるメロディを生み出した。その旋律は、聴く者の心を掴み、感情を揺さぶり、あらゆる音楽チャートを席巻するはずだった。しかし、同時に、そのメロディには、ある禁断の力が秘められていた。
それは、聴いた者の記憶を操作し、過去のトラウマを呼び覚ます力。そして、最悪の場合、精神を崩壊させる可能性すらあった。
ジョンはその危険性に気づき、完成間近だったメロディを封印した。作曲ソフトのデータはすべて削除し、楽譜は焼き払い、二度と日の目を見ないようにしたのだ。
しかし、美しい夕焼けは、彼の記憶の扉を叩き続ける。あのメロディが、脳内で微かに響き始めた。
「ダメだ…思い出したら…全てが終わる…」
ジョンは、背を向けて、古民家へと足を踏み入れた。
第1章：隣の少女は、メロディを知っている？
古民家は、ジョンが自分でリフォームしたこだわりの空間だった。壁は漆喰で塗り固められ、床は磨き上げられた木の温もりを感じさせる。しかし、ジョンにとって、ここは安らぎの場所ではなく、過去と戦うための要塞だった。
夕食は、近所の漁師からもらった新鮮な魚を焼いたもの。味は最高だが、ジョンは喉を通らない。夕焼けの余韻が、彼の精神を蝕んでいるからだ。
その時、玄関の戸がノックされた。
「はーい、ジョンさん、いますかー？」
間延びした、しかしどこか可愛らしい声。隣に住む女子高生、宮本茜だった。
「茜か…。どうした？」
ジョンは渋々扉を開けた。茜は、いつもニコニコと愛想が良い。島の人々ともすぐに打ち解け、ジョンにも何かと世話を焼いてくれる。
「これ、おすそ分けです！ おばあちゃんが作りすぎちゃったから」
茜が差し出したのは、手作りのみかんジャムだった。
「サンキュー」
ジョンは受け取ると、ぶっきらぼうに言った。茜は、そんなジョンの態度には慣れっこのようだ。
「ジョンさん、最近、ちょっと元気ないみたいですね。何かありました？」
茜の言葉に、ジョンはドキッとした。茜は、何かを知っているのか？
「別に、何も…」
ジョンは視線をそらした。
「ふーん…。そういえば、ジョンさん、作曲家なんですよね？ どんな曲を作ってるんですか？」
茜の問いかけに、ジョンの心臓が跳ね上がった。
「もう、作曲はしてないよ」
「えー、もったいない！ ジョンさんの曲、聴いてみたいなぁ」
茜は、キラキラとした目でジョンを見つめた。
「だから、もう作ってないんだ」
ジョンは、語気を強めた。茜は、少し驚いたように目を丸くした。
「ご、ごめんなさい…。じゃあ、私はこれで…」
茜は、そそくさと帰っていった。
ジョンは、茜の背中を見送りながら、深くため息をついた。茜は、ただの好奇心から聞いたのだろうか？ それとも、何かを知っているのか？
その夜、ジョンは眠れなかった。茜の言葉が、頭の中でリフレインする。
「ジョンさんの曲、聴いてみたいなぁ…」
ふと、ジョンの耳に、微かなメロディが聞こえてきた。それは、封印したはずの、あの禁断の旋律だった。
「まさか…」
ジョンは、恐怖に震えた。
第2章：島に響く不協和音
翌日、ジョンは茜を探した。島を歩き回り、茜の姿を見つけたのは、夕暮れ時の浜辺だった。茜は、海を見つめながら、何かを口ずさんでいる。
「茜…」
ジョンが声をかけると、茜は振り返った。その表情は、昨日とはまるで違っていた。
「ジョンさん…」
茜の声は、どこか機械的で、感情が感じられない。
「お前…何を歌っているんだ？」
ジョンは、茜に詰め寄った。
「私は…ただ、美しいメロディを歌っているだけですよ…」
茜は、無表情で答えた。そして、再び歌い始めた。それは、ジョンが封印したはずの、あの禁断の旋律だった。
ジョンは、愕然とした。なぜ、茜がこのメロディを知っているのか？ 誰が、このメロディを茜に教えたのか？
「お前…一体、何者なんだ…？」
ジョンは、茜に問い詰めた。しかし、茜は答えなかった。ただ、無感情な目でジョンを見つめ、メロディを歌い続けるだけだった。
その時、島のあちこちから、同じメロディが聞こえてきた。子供たちが、老人が、漁師たちが、皆、同じメロディを口ずさんでいる。
島全体が、禁断の旋律に侵食されていた。
「これは…まずい…」
ジョンは、事態の深刻さに気づいた。このままでは、島全体が崩壊してしまう。
ジョンは、茜の手を掴み、走り出した。
「どこへ行くんですか…？」
茜は、抵抗せずにジョンについてきた。
「メロディを止めるんだ。この島を救うために…」
ジョンは、茜を連れて、古民家へと向かった。
第3章：メロディの源へ
古民家に戻ったジョンは、地下室へと向かった。そこには、彼がかつて使用していた音楽スタジオがあった。機材は全て埃を被っていたが、まだ使える状態だった。
「ここで、メロディを止めるんだ」
ジョンは、茜を椅子に座らせ、パソコンを起動した。
「ジョンさん…何をしようとしているんですか…？」
茜は、依然として無表情だった。
「メロディを打ち消すための、アンチ・メロディを作るんだ」
ジョンは、キーボードを叩き始めた。指先が、記憶を辿り、封印したはずのメロディを再現していく。
そして、そのメロディを打ち消すための、新たな旋律を紡ぎ始めた。それは、希望の光を灯すような、力強いメロディだった。
「歌うんだ、茜。このメロディを…」
ジョンは、茜にアンチ・メロディの楽譜を渡した。
茜は、楽譜を見つめ、ゆっくりと歌い始めた。その声は、最初は機械的だったが、徐々に感情を取り戻していく。
茜の歌声と、ジョンの奏でるアンチ・メロディが、混ざり合い、島全体を覆っていた禁断の旋律を打ち消していく。
夕焼けが、再び島を染め始めた。しかし、今度は、希望に満ちた、温かい光だった。
エピローグ：新たな夕焼けメロディ
数日後、島は元の姿を取り戻した。人々は、笑顔を取り戻し、日常生活に戻っていった。
茜も、以前の明るさを取り戻し、ジョンに感謝の言葉を述べた。
「ジョンさん、ありがとう。私、あの時、何をしていたのか、全然覚えてないんです。でも、ジョンさんが助けてくれたことだけは、覚えています」
ジョンは、茜の言葉に微笑んだ。
「もう大丈夫だ。全て終わったんだ」
ジョンは、茜の肩に手を置いた。
「あのメロディは…一体、何だったんですか？」
茜は、不安げな表情で尋ねた。
「過去のトラウマを呼び覚ます、危険なメロディだ。二度と聞かない方がいい」
ジョンは、真剣な表情で答えた。
夕焼けが、再び空を染め始めた。
ジョンは、茜と一緒に、浜辺に座った。
「ジョンさん、また曲を作らないんですか？」
茜は、ジョンに尋ねた。
ジョンは、空を見上げ、微笑んだ。
「ああ。今度は、希望に満ちた、美しい夕焼けのメロディを…」
ジョンは、茜と共に、夕焼けのメロディを口ずさみ始めた。それは、過去を乗り越え、未来へと進むための、新たな旋律だった。
（完）
- 生成に使用したデータ
- 小説のジャンル: ライトノベル
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