テグシガルパ・ブルー・ライン (青春小説)

テグシガルパ・ブルー・ライン

プロローグ

平成最後の夏、俺、ケンタは絶望していた。

偏差値は底辺、彼女いない歴＝年齢。将来の夢なんて、どこかの会社の歯車になることくらいしか思い浮かばない。そんな俺が、なぜか片田舎の漁港町、テグシガルパにいた。

テグシガルパ。まるで響きが呪文みたいだ。ここは、かつてクジラたちが絶望の淵から這い上がった、奇跡の場所だという。しかし、そんな過去を知ってか知らずか、町は静かに老い、活気を失っていた。

俺は、祖父の遺産で築かれたボロアパート「潮騒荘」に住み始めた。家賃は激安。だけど、隣の部屋からは毎晩、妙なリズムが聞こえてくる。まるで、海の底から響いてくるような、不気味で、そしてどこか懐かしいリズム……。

第一章：絶望の淵

潮騒荘の隣人は、風変わりな少女、ミナだった。彼女はいつもヘッドホンをつけ、無表情で海を見つめている。彼女の部屋から聞こえてくるリズムは、どうやらクジラの歌を模倣しているらしい。

「お前、クジラのこと、好きなのか？」

恐る恐る声をかけると、ミナは無言でこくりと頷いた。彼女の瞳は、まるで海の底の色を映し出しているように深い。

「あのね、クジラってね、絶望しちゃうんだって。人間みたいに」

ミナは、ぽつりぽつりと話し始めた。クジラたちは、環境破壊や漁獲によって数を減らし、絶望の淵に立たされた。しかし、ある時、テグシガルパの海で、クジラたちは奇跡を起こしたという。

「ラインダンス…？」

ミナの口から飛び出した言葉に、俺は首を傾げた。彼女は、クジラたちが絶望から這い上がるために、ラインダンスを踊ったと説明した。そのダンスは、海と空、そしてクジラの心を繋ぐ、特別なものだったらしい。

俺は、ミナの言葉に半信半疑だった。ラインダンスなんて、お笑い芸人がやるものじゃないか。クジラが踊るなんて、絵空事だ。でも、ミナの瞳は、嘘をついているようには見えなかった。

第二章：潮風とリズム

テグシガルパの町は、本当に活気がなかった。若い連中は都会に出て行き、残されたのは高齢者ばかり。漁獲量も減り、漁師たちは肩を落としている。

俺は、ミナに誘われるまま、彼女の秘密基地、廃墟となった漁協倉庫に足を踏み入れた。そこには、大量の古いレコードと、スピーカー、そして、ラインダンスを練習するための広いスペースがあった。

「ケンタ、踊ってみない？」

ミナは、そう言って俺に声をかけた。最初は断った。だって、恥ずかしいじゃないか。でも、ミナの真剣なまなざしに、俺は抗うことができなかった。

最初はぎこちなかった。ステップを踏むたびに、身体がぎしぎしと音を立てる。それでも、ミナの指導の下、俺はラインダンスを練習し始めた。

踊るうちに、不思議な感覚が芽生え始めた。リズムに合わせて身体を動かすと、心が軽くなっていくような気がした。日々の絶望が、少しずつ薄れていくような気がした。

第三章：クジラの記憶

ラインダンスの練習を続けるうちに、俺はテグシガルパの過去を知ることになった。

かつて、テグシガルパはクジラの楽園だった。クジラたちは、この海で自由に泳ぎ、歌を歌っていた。しかし、人間の手によって、その楽園は奪われた。クジラたちは絶望し、姿を消した。

ミナは、そんなクジラの記憶を受け継いでいるらしい。彼女は、クジラの歌を模倣し、ラインダンスを踊り、クジラたちを呼び戻そうとしているのだ。

俺は、ミナの思いに共感し始めた。彼女と一緒に、クジラたちのために何かしたい。そう思うようになった。

第四章：奇跡の舞台

町おこしイベントが開催されることになった。俺たちは、ラインダンスを披露することにした。

最初は、反対意見も多かった。クジラが踊るなんて、馬鹿げている。そんな声も聞こえた。でも、俺たちは諦めなかった。ミナの熱意と、俺たちの努力は、少しずつ町の人々の心に届き始めた。

イベント当日。俺たちは、廃墟となった漁協倉庫で、ラインダンスを披露した。夜空の下、ライトに照らされた俺たちのダンスは、最初はぎこちなかった。でも、踊るうちに、徐々にリズムと一体になっていった。

クジラの歌を模倣した音楽が流れ、俺たちは踊り続けた。観客は、最初は戸惑っていた。でも、次第に、俺たちのダンスに魅了されていった。

そして、クライマックス。俺たちは、ラインダンスの最後のステップを踏み出した。その瞬間、夜空に、奇妙な光が現れた。それは、まるでクジラの姿を象っているようだった。

第五章：テグシガルパ・ブルー

イベントは大成功だった。町の人々は、涙を流し、歓声をあげた。俺たちは、クジラたちのために、奇跡を起こしたのだ。

その日から、テグシガルパの町は変わった。若い人々が戻ってきて、活気を取り戻し始めた。漁獲量も少しずつ増え、漁師たちは笑顔を取り戻した。

俺は、潮騒荘を飛び出し、大学に進学することを決意した。そして、ミナに告白した。彼女は、静かに微笑んだ。

「ケンタ、ありがとう。テグシガルパは、きっと大丈夫だよ」

俺は、テグシガルパの海を眺めた。青く輝く海面には、クジラたちの歌が聞こえるような気がした。

平成の時代が終わろうとしている。でも、俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。テグシガルパの海で、俺たちは、クジラたちの希望を胸に、未来へと歩き出す。

エピローグ

数年後、俺は再びテグシガルパを訪れた。ミナは、クジラの研究者として、世界を飛び回っていた。そして、テグシガルパの海には、再びクジラたちが姿を現すようになったという。

俺は、海辺に立ち、あの日のラインダンスを思い出した。絶望の淵から這い上がったクジラたち。そして、そのクジラたちを救った俺たち。

テグシガルパ・ブルー。それは、希望の色。そして、俺たちの青春の証。