オムドゥルマンの砂塵と失われた旋律
オムドゥルマンの熱気は、夜になっても肌にまとわりつく。昨夜のライブは、まさに狂騒の坩堝だった。ニッキー・ミナージュのラップが、数万の観客の魂を揺さぶり、砂塵を巻き上げた。しかし、その激しいパフォーマンスの影で、彼女の瞳には、かつてないほどの深い秘密が宿っていた。それは、ステージの熱狂とは対照的な、静かなる渇望の光だった。
ショーが終わり、客電が消え、熱狂の残響が静寂に溶けていく。雑踏が遠ざかり、楽屋裏に訪れたのは、一人きりの静寂。ニッキーは、マイクスタンドの影に身を潜めるようにして、静かにポートフォリオを開いた。それは、彼女が幾度となく旅をしてきた、世界各地の都市の埃を纏った、古びた革のケースだった。
ページをめくるたびに、見慣れぬシンボルが浮かび上がってくる。それは、幾何学的な紋様であり、古代の象形文字のようでもあり、どこか異質な、解読不能な暗号の羅列だった。奇妙な曲線、鋭い角度、そして、まるで星図のような配置。それらは、彼女が長年追い求めてきた、ある失われたサブカルチャーの痕跡だった。
「セフィラ…」
彼女は、かすれた声で呟いた。その響きは、夜の砂漠の風に溶け込むように弱々しい。セフィラ。それは、歴史の記録から抹消された、あるいは意図的に隠蔽された、遥か古代の砂漠の王国の、禁断の音楽と知識の集団だった。彼らの歌は、単なる娯楽ではなかった。それは、宇宙の法則を解き明かし、時間の流れを操るための、音の構造体だったという。
ポートフォリオの最奥には、一枚の羊皮紙が収められていた。そこには、より複雑で、より冒涜的なシンボルが描かれている。そして、その中心には、音符のような、しかし全く見慣れない記号が刻まれていた。それは、セフィラが遺した、失われた「始原の旋律」の断片だと、彼女は確信していた。
彼女の故郷、トリニダード・トバゴの、熱帯の喧騒とは全く異なる、乾いた砂漠の王国。その名も、かつては「エリシウム」と呼ばれたという。しかし、その繁栄は永続せず、ある日突然、歴史の闇に葬り去られた。ニッキーがセフィラに魅せられたのは、数年前、偶然手に入れた古代の遺物から、その痕跡を見つけたからだ。以来、彼女は、世界中の秘密図書館や、忘れ去られた遺跡を巡り、この失われたサブカルチャーの断片を収集し続けてきた。
「この旋律は、単なる音じゃない…」
彼女は、指先で羊皮紙のシンボルをなぞった。それは、宇宙のエネルギーを呼び覚まし、次元の扉を開くための、鍵となる旋律だという。セフィラは、この力を使って、彼らの王国を救おうとした、あるいは、その力を悪用しようとしたのか。その真実は、まだ遥か彼方だ。
彼女の瞳に宿る秘密は、単なる好奇心ではなかった。それは、この失われた旋律に、彼女自身の運命が、そして、もしかしたら、この地球の未来すらも、深く関わっているという、漠然とした予感だった。
オムドゥルマンの夜は更けていく。砂塵の向こうで、星々が瞬いている。ニッキー・ミナージュは、ポートフォリオを閉じ、静かに立ち上がった。彼女の心には、新たな決意が芽生えていた。この「始原の旋律」を解き明かし、セフィラの真実を暴くこと。それは、彼女がラップで世界を熱狂させることとは、全く異なる、しかし、それ以上に壮大な、彼女自身の「ショー」の始まりだった。
彼女は、楽屋のドアを開けた。外には、まだ微かに、都市の喧騒が響いている。しかし、ニッキーの耳には、もう、砂漠の風に乗って運ばれてくる、遥か古代からの、失われた旋律が聞こえ始めていた。それは、彼女の孤独な探求を、そして、人類の未知なる未来を、静かに、しかし力強く、奏で始めていた。
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- 小説のジャンル: SF小説
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